コケコグライ対面瞑想めざ氷で4ぬ話

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蠍(さそり)は勝利を確信していた。精神統一でもするかの様に目を瞑った雷神に放った地を揺らす蠍の技は効いたらしく、最早虫の息である。後一押しだ。とどめを刺すべくもう一度ハサミを振り下ろそうとしたその瞬間、蠍は死を悟った。

 


メレメレと呼ばれる島を征服せんと企んだ人間達は守り神『雷神』の討伐に乗り出した。そこで討伐部隊の兵士として白羽の矢が立ったのが我々蠍一族。ある日突然人間達は我々の集落を襲い兵士の選別を始めた。蠍であれば何でも良いと言うわけでもなく、人間達が海を渡り得た禍々しい毒の宝玉に見初められなければならないらしい。

毒の宝玉による選別で、次々と家族や友人は毒に蝕まばれては絶命していった。
死を恐れた私は1秒でも長く生き永らえたいと、人間に逆らうことなど考えず、寧ろ協力した。その甲斐あって私の選別は同族達の集落を全て落とした後に回してくれた。我々一匹一匹には興味など無いのだろうか。束の間の安寧を手に入れたが、瞬く間に時は過ぎ、全ての集落での選別を終え…私の番が来た。

今から死ぬというのに不思議なほど心が穏やかだ。もう友人も家族も同族も全て死んだ。生きてても苦痛なだけだ。適合者が一匹も現れなかったことに人間達は酷く落胆しているようだったが、これから死に行く私には関係の無い事である。毒の宝玉は相変わらず爛々と禍々しい光を放っていたが、生きる気力を失った今では驚くほど些末なものに見えた。私は躊躇いなくその宝玉を抱き抱え、天の国で待つ同族達に心から謝罪し、祈りを捧げた。


…どれくらい時が経っただろうか?数時間は経っているようだが一向に我が身が毒で朽ちる様子は無い。嘘だろう?


人間達が歓喜する様子を見て確信する。

私は選ばれたのか、この宝玉に。そして同時にある一つの疑問が脳裏によぎる。

私が一番初めに選別を受けていれば…誰も死なずに済んだ…?

自分の愚かさと臆病さに虫酸が走り、後悔が全身を内側から殴りつける。声にならない叫び声を上げ、一晩中涙を流した。その日のことはその辺りから靄がかかって上手く思い出すことができない。

私に生きる価値などない。しかし毒の宝玉は私の身体を溢れる程の生気で満たし、死に至ることを許さなかった。死ぬことも自由になることも許されず、生きる意味が理解できなくなっていった私の唯一の拠り所は雷神の殺害だけになっていた…。

そして時は戻り現在。

走馬灯は終わり、今度こそ死神の迎えが来る。

平和の象徴として生きる雷神の底力。逆境が覚醒させた本来得るはずの無い氷の魔法。攻撃が飛んでくる。冷気と共に尋常ではない痛みが全身を駆け抜ける。これは死んだな、と他人事のように我が身を慮ると同時に強烈な開放感が襲ってきた。

やっと楽になれる。

私は雷神の偉大さに頭を垂れる様に倒れ込み瞼を閉じた。怒れる雷神がこれからどの様な惨い災いを人間にもたらすのかは想像に難くないが、最早どうでも良い。

せめて我が一族を虐げた人間共が精一杯苦しんだ後死ぬことを望み、微睡みの中で意識を手放した。